酔いどれ親父、フィリピンとの出会い。
2008/03/14(Fri)
2日目に初めて彼女と過して、
翌日タクロバン空港から、マニラに飛び1泊して、
次の日に日本に帰国予定でした。
朝、レイテのホテルで目覚めて、
一晩中、親父の手を握りしめて、
手が離れると別れが来るのかの様に
無意識に探し求めた彼女が、
横で仕合わせそうに眠っている、
少しいとしく思えてきました。
田舎のことですから、両親の躾けは厳しいはずですが、
母親の心配や嘆きよりも、親父への情熱を優先させた、
彼女のそんな思いが伝わってきました。
日本ではほとんど考えられないことでしたから、
50歳に近い親父に19歳の娘が恋をするなんて、
100%ありえないこと。
田舎の貧乏な素朴な娘を、スケベ親父が騙したのか
そんなほろ苦い後悔の念が、
特に彼女に優しくなったのでしょう、
目覚めた彼女とホテルのレストランで朝食後に
ホテルの庭をふたりともに黙りがちに散歩をしながら、
別れの時間が刻々と迫ってることを知りながら、
互いに無口になってしまいます。
このままで別れたら、二度と会えない、
との思いが彼女にはあったんでしょう。
もう1日だけ親父と一緒に居たい、レイテからマニラまでの
航空運賃を貸してほしい、必ず後で働いて返すと、
残りわずか1分1秒でも一緒に長く居たいと、
世界の終わりの様に訴えます
親父には彼女の両親とかの心配など
躊躇する気持ちがあったのですが、
最後には結局彼女の情熱に負けてしまいました。
とうとうマニラまで一緒に連れて来てしまいました。
初めての飛行機、大都会などに
彼女は興味一杯でしたが、
パン、パシフィクホテルに泊まりました。
日本レストランでの食事にも、たくさんオ−ダ−したのに
彼女は緊張で一口も食べられませんでした。
初めての日本食にお箸も使えず、田舎者と見られたくない
思いで一杯だったのでしょう。
ロビンソンで携帯を連絡用に買ってあげ、
その夜は遅く迄、話会いました
明くる日の朝、ケソンに住む姉さんに
レイテに帰る前に会いたいとのことで。
田舎娘には多すぎるほどのお金を渡し
空港まで送ってもらい、半泣き状態の彼女と別れました、
うしろ髪、引かれる思いはありましたが、
再度、彼女に会いに来るかはまだ、決めかねていました。
日本に帰り、仕事に戻る日々が続くなかで
筆まめな娘で週に4〜5通は手紙がきました、
内容は若い娘らしく、甘タルイ ラブレタ−ですが、
どんなに愛しているか
寂しさ、一緒に暮らしたいとの思いがせつせつと、
それが1月後、2月後にはかなりの手紙の束になるんですね。
3ヶ月で50通は越えましたから、
彼女からの手紙や電話を楽しみに待つ様になり、
徐々に彼女に引かれていきました、
少なくとも今の彼女には親父だけしか、
見えていないとの確信はありました。
とうとう再度、彼女に会いにフィリピンに行きました、
ただの買春旅行で終われば良かったんですが、
それを愛と勘違いした親父の、
それが泥沼に入る始まりでしたね。
翌日タクロバン空港から、マニラに飛び1泊して、
次の日に日本に帰国予定でした。
朝、レイテのホテルで目覚めて、
一晩中、親父の手を握りしめて、
手が離れると別れが来るのかの様に
無意識に探し求めた彼女が、
横で仕合わせそうに眠っている、
少しいとしく思えてきました。
田舎のことですから、両親の躾けは厳しいはずですが、
母親の心配や嘆きよりも、親父への情熱を優先させた、
彼女のそんな思いが伝わってきました。
日本ではほとんど考えられないことでしたから、
50歳に近い親父に19歳の娘が恋をするなんて、
100%ありえないこと。
田舎の貧乏な素朴な娘を、スケベ親父が騙したのか
そんなほろ苦い後悔の念が、
特に彼女に優しくなったのでしょう、
目覚めた彼女とホテルのレストランで朝食後に
ホテルの庭をふたりともに黙りがちに散歩をしながら、
別れの時間が刻々と迫ってることを知りながら、
互いに無口になってしまいます。
このままで別れたら、二度と会えない、
との思いが彼女にはあったんでしょう。
もう1日だけ親父と一緒に居たい、レイテからマニラまでの
航空運賃を貸してほしい、必ず後で働いて返すと、
残りわずか1分1秒でも一緒に長く居たいと、
世界の終わりの様に訴えます
親父には彼女の両親とかの心配など
躊躇する気持ちがあったのですが、
最後には結局彼女の情熱に負けてしまいました。
とうとうマニラまで一緒に連れて来てしまいました。
初めての飛行機、大都会などに
彼女は興味一杯でしたが、
パン、パシフィクホテルに泊まりました。
日本レストランでの食事にも、たくさんオ−ダ−したのに
彼女は緊張で一口も食べられませんでした。
初めての日本食にお箸も使えず、田舎者と見られたくない
思いで一杯だったのでしょう。
ロビンソンで携帯を連絡用に買ってあげ、
その夜は遅く迄、話会いました
明くる日の朝、ケソンに住む姉さんに
レイテに帰る前に会いたいとのことで。
田舎娘には多すぎるほどのお金を渡し
空港まで送ってもらい、半泣き状態の彼女と別れました、
うしろ髪、引かれる思いはありましたが、
再度、彼女に会いに来るかはまだ、決めかねていました。
日本に帰り、仕事に戻る日々が続くなかで
筆まめな娘で週に4〜5通は手紙がきました、
内容は若い娘らしく、甘タルイ ラブレタ−ですが、
どんなに愛しているか
寂しさ、一緒に暮らしたいとの思いがせつせつと、
それが1月後、2月後にはかなりの手紙の束になるんですね。
3ヶ月で50通は越えましたから、
彼女からの手紙や電話を楽しみに待つ様になり、
徐々に彼女に引かれていきました、
少なくとも今の彼女には親父だけしか、
見えていないとの確信はありました。
とうとう再度、彼女に会いにフィリピンに行きました、
ただの買春旅行で終われば良かったんですが、
それを愛と勘違いした親父の、
それが泥沼に入る始まりでしたね。

